善光寺表参道大門町ZENKOJI OMOTESANDO DAIMONCHO

始まりは、江戸時代 味に歴史あり。
根元 八幡屋礒五郎 本店

住所 長野市大門町83
TEL 026-232-8277
URL http://www.yawataya.co.jp/
営業時間 9:00〜18:30
定休日 無休

元文元年に善光寺境内で「七味唐からし」を売り出したのが始まり。八幡屋礒五郎の七味は、唐辛子に生姜、紫蘇、山椒、陳皮、胡麻、麻種を薬味として加え、辛みと香りの調和のとれた独特の味わいが特徴です。本店内では、お客様の好みで七味の調合も行っております。

「七味唐からし」の製造・販売を手掛けて約280年。現在は自社農場で原料となる唐辛子などを栽培し、産地にもこだわり製造しています。本店では、七味を使った様々な調味料やスイーツもご用意しております。


〔2017.12.12〕
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江戸中期に創業して現在で九代。
善光寺名物で最古の七味唐からし

「八幡屋礒五郎」の初代・室賀勘右衛門は、戦国時代に上田の士豪・室賀氏が鬼無里へと移り住んだ一族のひとりで、麻の製造ほか仲買人なども務めていたと伝わる。その商いのなか、江戸から仕入れて善光寺周辺で売った品に、七味唐辛子があった。勘右衛門は、娘婿で二代目となる五左衛門を江戸で修行させるなどして研究を重ね、鬼無里周辺で採れる、麻の実(麻種)、山椒、唐辛子、胡麻、生姜、紫蘇に、上方などから入手した陳皮を加え、山国信州ならではの原料を独自に調合した「七味唐からし」を作りあげた。

昭和27年、当時の長野の一等地に出店した大門町店。店頭には目印として、大きな唐辛子の張り子が下げられた。

こうして元文元年(1736年)に創業された「八幡屋礒五郎」は、善光寺堂庭(境内)に仮店を設けて七味唐からしの販売を始める。三代目・儀左衛門の時代には堂庭の中で最も良い場所である境内入口の「御高札前」に店を張る特権を許された。善光寺の参詣人が増えた文化・文政時代には四代目佐助が、客に応じて調合する方法よりも販売しやすいように、大辛・中辛・小辛にあらかじめ配合した品の販売を始めた。

屋号の「八幡屋」は現在で言えば「国際的」というような意味合いがあり、「礒五郎」の「礒(磯と同義)」は山国の憧れであると共に新しさを感じさせ、「五郎」は二代目の五左衛門から取られたとも考えられている。

 明治初期には五代・栄助が押印版で「御高札前」と刷った紙袋を考案。さらに大正13年、六代・栄助が考案したのが、おなじみのブリキ缶だ。表には大きく描かれた唐辛子、裏面には善光寺本堂というデザインは現在も変わらない。

大正時代の建物を使用していた大門町店は、昭和42年、平成2年に改築を行なっている。

 昭和27年、七代・栄助が大門町の現在地に店舗を出店。参詣客だけでなく観光客の長野土産としても、八幡屋礒五郎の七味唐からしは、広く知られていく。観光業が盛んになり、交通網が整備されると、販路はますます拡大。味の良さはもちろん、かさばらず保存が効く点も、時代を超え信州土産として選ばれる理由のひとつだ。

大正時代の建物を使用していた大門町店は、昭和42年、平成2年に改築を行なっている。

 平成17年には、工場を桜枝町より柳町へ移す。更に平成26年、高い生産性や管理体制を整備するため、飯綱町に工場を増設。また、自社農場も設け、唐辛子など原材料の地元生産にも取り組んでいる。平成20年には長野市大門町の本店も全面改装。平成26年には、本店に「横町カフェ」を併設し、八幡屋礒五郎の歴史と味を伝える発信基地となっている。

平成20年に全面改築された、現在の店舗。目印の唐辛子は、昭和27年製のほか、新しく作ったレプリカを加え両側に下げている。

参考資料「八幡屋礒五郎の七味唐がらし(信州の旅舎)」

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