善光寺表参道大門町ZENKOJI OMOTESANDO DAIMONCHO

 
楽茶れんが館

住所 長野市大門町67-1
TEL 026-231-6001
URL http://www.machidukuri-nagano.jp/renga/
営業時間 10:00~19:00
(ランチ11:30~14:00、ディナーはご予約のみ)
定休日 不定休

レンガ造りが印象的な、歴史ある空間を活用したレストラン。お箸で気軽に食べられるフレンチランチ、新潟産コシヒカリ使用の自家製ビーフカレーほか、ブルマンブレンドのコーヒー&スイーツなど喫茶利用もお気軽にどうぞ。

国の有形文化財に登録された歴史ある建物には、往時の面影そのままに、時間もゆったりと流れます。どうぞ至福のひとときをお過ごしくださいますよう、お待ちしております。


〔2017.12.12〕
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運輸会社の社屋として建てられ、今年で100年。煉瓦造の名建築
[旧 信濃中牛馬合資会社 建物]

 煉瓦造りの「楽茶れんが館」は、国登録有形文化財に登録されている建物。竣工は明治45年で「信濃中牛馬合資会社」の社屋として建てられた。

明治45年(大正元年)に建てられた「信濃中牛馬合資会社」を、大正末期に撮影したもの。正面入口付近には、荷物らしきものが積んである

 江戸時代、幕府のもと公的にリレー形式で運輸を担う“伝馬”に対し、農民がアルバイト的に担っていた“中馬(ちゅうま)”は、荷を直接目的地へ運ぶことで重宝がられ、やがて正式に許され「中牛馬(ちゅうぎゅうば)」と呼ばれるようになった。現在に例えれば、中距離・短距離のトラック便や宅配便にあたる。

赤レンガとは異なる「施釉煉瓦」を使用した煉瓦造り。土台から腰にかけては御影石が使われている

 明治5年に伝馬制度が民営化されると、“伝馬”は全国組織の「内国通運会社」となり、これが後の日本通運の前身になった。
 一方で“中牛馬”は明治以降も、各地の宿場で有力者らが運営。善光寺宿では明治19年、旧町年寄で実業家の中澤与左衛門らが発起人となり「信濃中牛馬会社」を創立。東京や横浜へ生糸関係の荷物を出荷するなど、短・中距離の運輸業務を行なっていた。

側面の土台まわりの換気口。こんな細部まで、上部を水平アーチに積んだ、ていねいな造り

 その本社として、今から100年前に完成したのが、この建物。間口4間半、奥行5間のレンガ造り2階建て。屋根は切妻造りで桟瓦葺、正面にある明かり取りのドーマー窓が特徴だ。土蔵造りが主流の門前町で、最初の煉瓦造建築として目をひいただろう。煉瓦は赤レンガではなく、表面に薄く釉薬をかけ、通常より高温で焼いた「施釉煉瓦」を使用。強度があり雨や凍結に強く、明治末から大正初期に広く使われた。壁の目地仕上げや、側面の土台周りの換気口上部にまで水平アーチ積みが施されるなど、ていねいな仕事ぶり。表通りに面した土台から腰は御影石が使われ、小さいながらも一流の構造だ。

明かり取りのドーマー窓は当初からのもの。ガラス窓だったが、長野市所有になった際の補修工事にあわせて、りんごの木のステンドグラスに替えられた

 この建物は、昭和34年から62年までは善光寺郵便局として活用された。その後は長野市の所有となり、補強工事・屋根修復され、平成3年~14年は「長野市観光物産館」として業務を行うも、利用者減少に伴い閉鎖された。

 平成21年以降、歴史と趣きのある建物を再生・管理運営しようと、長野市商工振興課がタウンマネージメント機関「株式会社まちづくり長野」に運営を委託。現在はカフェレストラン「楽茶れんが館」として営業中で、クラシカルな空間は、観光客にも好評を得ている。

建てられてから100年を超え、変わらぬ佇まいを保つ

参考資料「長野県史 美術建築編」「信州の近代遺産(上條宏之監修/しなのき書房)」「信州の西洋館(藤森照信/信濃毎日新聞社)」

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