糸長本店
住所 | 長野市大門町76 |
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TEL | 026-235-1345 |
紡績業華やかな明治期に創業、かつては真綿や糸を取扱った専門店。壁に並ぶメーカー等の古い看板が歴史を今に伝えます。現在はニット類を中心とした婦人衣料品店として営業。特に冬季は上質素材で丁寧に仕上げた特製の手編み帽子が好評です。
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- 〔2024.12.15〕
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真綿から、毛糸、衣料品へ―
時代に応じてきた繊維の専門店
糸長本店は明治29年に栄町に創業、大正7年に大門町の現在の場所に移転。糸や真綿などを扱った。「真綿」とは繭を煮て薄く引き延ばして作る綿のこと。柔らかく軽いため、布団や防寒着等に使われ、家庭の必需品だった。創業期は、生糸や絹製品が日本の主要輸出品の時代。養蚕業が盛んな長野の善光寺門前で、良質な真綿を扱う糸長本店は、10人以上の従業員が働く繁盛店だった。
創業者の渡邊長吉氏は、真綿そのものの販売だけでなく、素材として活用した独自の防寒着を考案。真綿を何枚も重ね、表面に布を施したキルティング加工のベストやジャケット、背当て等を売り出す。軽く暖かく洒落た品は大評判で、全国向けにも販売された。
二代目の渡邊長一氏の代には、第二次世界大戦後、手編み毛糸や手芸材料が主力商品に。当時は既製の衣料品がなかった為、オーダーメイドで手編み製品の仕立てもしていた。「編み子さん」を多数抱え、冬は特に繁忙を極めた。
三代目で現社長の渡邊一(はじめ)さんは、昭和30年頃、朝鮮戦争の『糸偏景気』の繊維業界の好景気時代に東京で修業し商売の様々を吸収して帰郷し、家業を継いだ。
同じ頃、姉の孝子さんは東京あみもの学校白萩学園で講師資格を取得し、家業に携わっていた。昭和30年代後半には「家庭用編み機」が人気に。糸長本店では編み機の販売ほか、孝子さんが講師を務める編み物教室を開講。出張教室も行うなど盛況だった。
その後、既製衣料品が安価になると、家庭向け毛糸の需要が減少し、糸長本店でも平成に入ると手芸材料の販売から、婦人衣料を中心に扱うように変わった。店の定番商品のひとつが、編み物講師だった孝子さんが作る手編みの帽子だ。創業から110余年、社会の移り変わりと共に形を変えながら今も、糸長本店は糸にこだわった手仕事の品を店頭に並べている。