善光寺表参道大門町ZENKOJI OMOTESANDO DAIMONCHO

 
八十二銀行 大門町支店

住所 長野市大門町63-1
TEL 026-233-0135
URL http://www.82bank.co.jp/index.html
営業時間 平日9:00〜15:00
定休日 土・日曜、祝日、12/31〜1/3

現在の建物は平成9年新築。大正13年以来営業していた旧店舗を再現した、レトロ調の建物は、善光寺表参道の街並みに調和しながらも、ひときわ存在感を放っています。表参道では、善光寺に最も間近にある銀行です。

善光寺界隈のお客様のみならず、観光客の方々にも気持ち良くご利用いただける店づくりを行っております。是非お気軽にお立ち寄り下さい。


〔2017.12.12〕
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かつての第十九国立銀行長野支店。
街並みを尊重、大正スタイルに再建

 大門交差点の東に建つ、八十二銀行大門町支店。現在の建物は、大正13年竣工の「第十九国立銀行 長野支店」の建物を再現している。もともと「第十九国立銀行 長野支店」は明治30年には、より善光寺近くの現「平五郎」付近にあったが、中央通りの拡幅工事の影響か、大正13年に現在地へと新築移転。塔のある大正モダニズムの瀟洒な佇まいは、当時の商業の中心地だった大門町でも、ひときわ目をひいたはずだ。

大正13年頃の「第十九国立銀行 長野支店」。塔がシンボルで、鉄筋2階建てモルタル造り。

 第十九国立銀行は、明治10年に上田にて創立。明治11年に松代に創立の第六十三国立銀行と共に、八十二銀行の前身にあたる。両行とも、繭や生糸を担保に製糸資金を貸し付ける「製糸金融」や、荷主が生糸を横浜の問屋へ出荷する際に組んだ荷為替を割引く「荷為替取引」に力を入れ、明治・大正期における信州の製糸業、ひいては日本の輸出産業を支え、発展させる原動力となった。

 しかし、第一次大戦後の不況による生糸相場の暴落と、関東大震災により日本経済は衰弱。さらに昭和4年には世界恐慌が起こる。長野県経済も、当時の県内最大銀行・信濃銀行が倒産し、長野県は「全国一の不況県」と言われるまでに…。そんな状況のなかで第十九・六十三銀行が合併、両行の名称を足した「八十二銀行」が昭和6年8月に誕生した。

 これにより、大門町の第十九銀行長野支店は、六十三銀行横町支店と合併、八十二銀行大門町支店となった。以来、戦時金融機関としての役割、敗戦からの復興、高度経済成長期など、善光寺門前町の移り変わりのなかで、時代に合わせた営業を続けてきた。

昭和30年代(?)の八十二銀行大門町支店。当時のロゴマークの看板、プラタナスの街路樹、アーケードもある。

 平成8年には、同行で最も古くなった建物の老朽化や、金融業務のOA化に伴い、全面改築が行われた。築約70年の建物は『日本近代建築総覧(日本建築学会)』に長野市の代表的建物のひとつとして掲載されており、「大門地域まちづくり委員会」や、地元商店街からは保存を求める意見も多く出た。そこで新店舗は、八十二銀行の支店中でも異例の、旧店舗とほぼ同じスタイルとして再建されることに。塔のある景観、大正当時の面影を残したデザイン、社名の看板から街灯のライトアップに至るまで、善光寺門前の街並みとの調和を徹底させた。

平成8年当時の店舗。アーケードは既になく、ATMコーナーがあるなど時代の流れを感じさせる。

 

建て替えに伴い、建物を撤去した際の様子。手前の現406号はまだ歩道もなく、左手の中央通りは電柱地中化工事の前なのがわかる。

 今では、観光客が美術館などと勘違いして入店することもあるとか。善光寺に最も間近な銀行として、個性的な外観を際立たせつつも、街並みや暮らしに溶け込んでいる。

現在の八十二銀行大門支店。平成10年には長野市景観賞を受賞。

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